第3回重症の結核から奇跡の回復へ

今までと異なり、眼力がなくなった。今晩、死に至る可能性あり(獣医師のカルテから)

今までと異なり、眼力がなくなった。今晩、死に至る可能性あり(獣医師のカルテから)

もうダメかもしれない――。ふくちゃんは2015年秋から体調不良が続き、命が危ぶまれる状態に陥りました。原因は結核でした。日本で生存しているゾウの結核がわかったのは初めてといいます。ゾウの医療が進んだアメリカで同時期に結核を発病したゾウが死亡する中、小さな動物園で奇跡の回復を目指す大きな挑戦が始まりました。前回に続いて獣医師の向井康彦(むかい・やすひこ)さんに聞きました。

300キロやせて「危篤状態」

—ふくちゃんの結核がわかった経緯を教えてください。
向井さん 2015年11月頃から体重が減り始めました。その時点では、体重増を抑えるためのダイエット効果が出たのかと思っていました。しかし、年が明けて2016年1月になっても食欲不振で、体重の減少が続きました。明らかにおかしい状態でした。
—心配です。
向井さん 2月にはもう食べることができず、体重は減少前の2500キロから2200キロまで減りました。栄養補給のために点滴をしていましたが、血液検査の結果も最悪で「危篤状態」と言っても過言ではない状態でした。
ピーク時から300キロやせた時のふくちゃん。大好物のようかんすら口にしなかった=福山市立動物園提供

ピーク時から300キロやせた時のふくちゃん。大好物のようかんすら口にしなかった=福山市立動物園提供

—原因がわからなかった。
向井さん もちろん原因は探り続けました。症状から可能性が高いと考えたのは子宮の感染症ですが、抗生物質で治療を試みても体調は回復しません。何か異物を間違って口に入れたことも疑いました。結核は選択肢の中にありましたが、可能性は低いと思っていました。

痰を調べて結核と判明

—結核となぜわかったのですか。
向井さん ゾウは大きくて皮が厚い動物です。聴診器をあてても何も聞こえない。普通のレントゲン装置ではゾウの内蔵は写りません。人の結核検査で知られるツベルクリン検査もやってみましたが、文献を調べるとゾウでは意味がないとわかりました。結核を疑っても、外から調べることは難しかったんです。それがある日、ふくちゃんがたまたま咳をして痰(たん)が取れました。親指の大きさくらい、緑色。結核の専門医に菌を確かめてもらったら、すぐに結核とわかりました。
—ふくちゃんはなぜ結核に。
向井さん 結核は、菌を持っているだけの「感染」と、排菌している「発病」という状態に分けられます。痰から菌が出たということは「発病」の状態でした。後日、アメリカから輸入した結核の検査キットでふくちゃん の来園2年目の保存血液を調べると、結核菌に陽性反応が出ました。どうやら日本に来る前に感染して、15年以上経って発病した可能性が高いと考えられます。
結核と判明した翌日から動物園は一時休園。職員と飼育動物への結核の検査を実施したが、異常は認められなかった。ふくちゃんの飼育チームはN95マスクを着用するなどして結核の対策をすることになった=ハピズー撮影

結核と判明した翌日から動物園は一時休園。職員と飼育動物への結核の検査を実施したが、異常は認められなかった。ふくちゃんの飼育チームはN95マスクを着用するなどして結核の対策をすることになった=ハピズー撮影

—過去にゾウの結核感染の例はあるのですか。
向井さん 日本のゾウの結核例は全てメスのアジアゾウです。1939年以降、最低でも4例はあります。どの例も死んでから結核がわかったのだと思います。症状がはっきりと残されているのは1959年の鴨池動物園(現在の鹿児島市平川動物園の前身)のゾウで、調子が悪くなってから半年もたずに死亡しています。世界の動物園でも結核の感染例はありますが、結核が進行したゾウが回復した例は見当たりません。

日本初の治療に挑戦

—治療が難しいのですね。
向井さん 人と同じ結核の薬をふくちゃんに18か月間毎日投薬する必要があります。国内で誰もやったことがない治療で、すべてが試行錯誤の連続でした。薬を人のようにそのまま飲ませることは難しいです。そこで、動物用のスポーツドリンクに薬を混ぜて飲ませました。すると1度は飲んだのですが、次の日にあげたらもう飲まない。大好物のようかんと一緒にあげてもダメでした。 獣医師が薬をなめたら苦いものばかりで、ふくちゃんはかしこいからこれでは食べないなと思いました。
—結核とわかったけど治療は順調ではなかった。
向井さん 結核の治療では薬を複数使うのですが、ファーストライン(主薬剤)のリファンピシンという薬以外はお尻から投与してもきちんと吸収できることがわかりました。ふくちゃんはリファンピシンをどうしても嫌がるので、それに代わる薬で、お尻からの投与でも効果のあるイソニアジドなど3種類の薬を使うことに決めました。ふくちゃんは小さな頃から健康管理のためにお尻で体温を測られるのに慣れていたので、この投与の方法には抵抗はありませんでした。
お尻からうんこをかき出した後、チューブを使って液体にとかした薬を注入。獣医師と飼育係の5人で協力して行う。ふくちゃんとの信頼関係がないとできない治療だ=福山市立動物園提供

お尻からうんこをかき出した後、チューブを使って液体にとかした薬を注入。獣医師と飼育係の5人で協力して行う。ふくちゃんとの信頼関係がないとできない治療だ=福山市立動物園提供

—経過はいかがでしたか。
向井さん 3月に投薬を始めて20日間くらい経ってから干し草を食べるようになり、体重が増えてきました。それで少しだけ安心しました。
—治療が進んだのですね。
向井さん それが、同じ年(2016年)の秋にまた体調を崩しました。うんこがまったく出なくなったんです。便秘解消のために浣腸を4、5日くらい続けたけど何も出なかった。腸が膨らんで、お腹が風船のようになってきていました。お尻や脇腹を壁やポールに押し付けるのは、お腹が痛いことを示す合図でした。何も出ないから食べられない。体がまたやせ細っていきました。
ふんとえさの摂取量のグラフ。「オーツ」(干し草)はふくちゃんの中心となるえさで、2016年9月末から約2週間、ほとんど「0」だった(獣医師のカルテから)

ふんとえさの摂取量のグラフ。「オーツ」(干し草)はふくちゃんの中心となるえさで、2016年9月末から約2週間、ほとんど「0」だった(獣医師のカルテから)

2016年10月8日「今までと異なり、眼力がなくなった。今晩、死に至る可能性あり」(獣医師のカルテから)

2016年10月8日「今までと異なり、眼力がなくなった。今晩、死に至る可能性あり」(獣医師のカルテから)

結核で2度目の命の危機に

—深刻な状況です。
向井さん 福山市役所の副市長室に出向いて、ふくちゃんの状態を正直に「ダメかもしれない」と伝えました。飼育の担当者の間でグループラインをやっているのですが、もう誰もラインを見たくない状況。ふくちゃんの悪いニュースが入ってくると思っていたから。
—どうやって解決したのですか。
向井さん 思いきって結核の薬を一旦やめることにしたんです。そして、直腸から100リットルの輸液を数日間注入すると、1週間後にうんこが出始めました。原因が薬の副作用だったことがわかり、みんな安心しました。でも、これは苦渋の選択でもありました。
—どういうことでしょうか。
向井さん 本当は結核の薬はやめたらいけないのです。体内に薬に抵抗する耐性菌ができて、薬が効かなくなってしまうから。ふくちゃんの腹痛は12月中旬におさまったのですが、翌年の17年3月27日にイソニアジドに耐性ができたことが結核菌の検査で判明しました。投薬は一からやり直しになりました。イソニアジドの代わりになる薬は、口から投与しなければならないリファンピシンだけです。結核がわかった後に試して苦くて飲まなかった薬です。これを飲ませて、かつ結核に薬が効かないともう代わりになる薬がない。結核治療の最後のチャンスでした。
—どうやって治療を続けたのですか。
向井さん 海外の文献を調べていたら、ネパールで糖蜜と結核の薬を混ぜた団子を食べさせた例がありました。でも自分たちでやってみても、ふくちゃんに薬がばれてうまくいきませんでした。そこで、たまたま北海道大学にいたネパールのゾウの専門医に動物園まで来てもらい、作り方を教えてもらいました。

小麦粉と糖蜜を混ぜた皮で薬を包んだところ、ふくちゃんが食べてくれるようになったんです。でも日が経つと口から出すようになりました。それで団子の中と外を区別せず、糖蜜と薬を全部混ぜた団子にしたら食べてくれました。その頃になぜかふくちゃんはポン菓子が大好物とわかり、薬団子と一緒に与えると受け入れてくれました。

ふくちゃん治療の裏側

—ふくちゃんが薬を飲んでくれてほっとしました…。ところで、結核の薬はどれくらいの量なのですか。
向井さん 午前に食べさせる薬団子のリファンピシンは190カプセルで、毎日、全部割って中身を取り出しました。午後の薬は3種類で、計389錠の薬と粉薬を溶かした700ccをお尻から投薬しました。薬代は年間約800万円、もちろん保険はききません。
薬団子の作り方。薬のカプセルを190個割って中身を取り出し、糖蜜と小麦粉を混ぜて団子にする=福山市立動物園提供

薬団子の作り方。薬のカプセルを190個割って中身を取り出し、糖蜜と小麦粉を混ぜて団子にする=福山市立動物園提供

お尻から投与する1日分の薬と投与に使うチューブを持つ向井さん=ハピズー撮影

お尻から投与する1日分の薬と投与に使うチューブを持つ向井さん=ハピズー撮影

午後に行われるお尻からの投薬=ハピズー撮影

午後に行われるお尻からの投薬=ハピズー撮影

—大変な治療もついに終わりをむかえます。
向井さん 毎日休まずに午前と午後の投薬を続け、今年の10月で規定の18か月の投薬が完了しました。最初の試みを入れると、投薬の期間は2年半におよびました。
—この間、アメリカのオレゴン動物園で結核を発病したアジアゾウ「パッキー」が死にました(正確にいうと安楽死)。アメリカは日本よりゾウの医療が進んでいると聞きます。
向井さん ふくちゃんの投薬が終わったのは奇跡と言っていいでしょう。結核の薬は主に肝臓に副作用を及ぼしますが、ふくちゃん はその肝臓に強い副作用が出なかったことがラッキーでした。ただし、投薬を終えても結核菌は体内から消えないので、再発しないように体調管理に気をつけなければなりません。

感謝しないといけないのは、共に治療を闘った飼育係と獣医師の結束力、そして動物園以外から多くの支援をいただいたこと。支援団体の「チームふくちゃん」が始めた「ふくちゃん募金」で導入したジェットヒーターによる冬の暖房が、ふくちゃんの命を救いました。ネパールの専門医の来園にも募金で集まったお金を活用しました。

動物園には募金、そして200通を超える応援メッセージが届いた=ハピズー撮影

動物園には募金、そして200通を超える応援メッセージが届いた=ハピズー撮影

—向井さんは獣医師として17年に渡りふくちゃんに関わってきました。ふくちゃんはどんな存在ですか?
向井さん 動物園の中でふくちゃんに最も嫌われているのが私です。苦しい時に治療のために痛いことをするのがいつも私なので。お客さんのいる場所からふくちゃんに声をかけると、たいていお尻を向けて「パオン」と鳴きます。私が嫌いだという行動です。でも、ひとことで言えば「可愛いヤツ・宝物」です。

向井さんにとってふくちゃん は「可愛いヤツ・宝物」と言います。実はその具体的な思いを何度も聞きましたが、感情面での質問に返答はなく、向井さんは「ゾウの治療は危険と隣り合わせで闘い」という厳しい姿勢を繰り返しました。しかしながら、結核の投薬期間を達成した翌日10月17日(*)、こんなメッセージが送られてきました。「ふくへの思い」への答えの画像だといいます。(第4回「幸せな暮らしを追求して」に続きます)

投薬が終了し、ふくちゃんを抱きよせる向井さん。ふくちゃんも満面の笑みを浮かべているようだった=福山市立動物園提供

*定められた投薬期間(1年半)の最終日は10月16日。動物園では薬物の動態を調べるために10月31日をもって投薬を終了した。

広島・福山市立動物園

1978年に福山市が私立動物園を引き継ぎ開園した動物園です。緑の木々など四季折々の自然環境に恵まれた丘陵に位置しています。 大きな動物園ではありませんが、動物との距離が近く、動物の息遣い、匂い、表情等が間近で感じ取れる動物園として多くのお客様に親しまれています。

所在地: 〒720-1264 広島県福山市芦田町福田276−1
電話: 084-958-3200
FAX: 084-958-3022
ホームページ: http://www.fukuyamazoo.jp/

広島・福山市立動物園

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ハピズーでは、福山市立動物園とふくちゃんの結核の闘病を支えるためのクラウドファンディングを2018年9月〜11月に実施。結核の検査キット、暮らしを豊かにするエンリッチメントアイテム、機械式ミストの設置などが目的です。

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