第2回絶対に死なせないと誓った理由

推定8歳のふくちゃん =2007年4月11日、福山市立動物園提供

推定8歳のふくちゃん =2007年4月11日、福山市立動物園提供

 動物園へは飼育下で育ったゾウが導入されるのが普通で、ふくちゃんは日本初の「真の野生のゾウ」だったといいます。職員は「絶対に死なせない」と寄り添って飼育し、推定9歳の時には足の膿瘍(化膿)の手術にも日本で初めて成功しました。一丸となって支える背景には、ボルネオから1頭できてくれたことだけでなく、先代のゾウ「トミ子」の死もあったようです。ふくちゃんを来園時から世話してきた獣医師の向井 康彦(むかい・やすひこ)さん(57歳)に聞きます。(ハピズー編集部)

今はヨシヨシとなでていますが・・・

—ふくちゃんが来園した時の第一印象を教えてください。
向井さん ふくちゃんは日本で初めての「真の野生のゾウ」でした。触ることもできなかったです。
—人なつこくてやさしい、頭が良くて、わがままな一面もある。ふくちゃんはこんな性格だと聞きましたが。
向井さん 今はヨシヨシとなでても絶対に怒りません。でも当時は人間を知らなかったんですね。一般公開は来園からわずか5日後。やっぱりゾウは人気者で、ふくちゃん のお披露目会では行列ができましたよ。今の上野動物園のパンダのようで、お客様は喜んでいました。でもその裏側で職員はヒヤヒヤしていました……。
—人間を知らなかった。
向井さん 日本に輸入されるアジアゾウたちは普通、タイやインド、スリランカ、インドネシアなどのゾウ村で生まれています。母ゾウは人間と親密で仲良しで、子どもも生まれた時から人間と関係がありました。
—何が大変でしたか。
向井さん まずはえさです。食べるのはバナナと川に生えていたアシだけでした。食パン、リンゴ、サツマイモ、ニンジンなど、ボルネオのサバ州(ボルネオゾウの生息地)に自生していないようなものは全く受け付けませんでした。
来園から6か月が過ぎ動物園での生活に慣れきた頃のふくちゃん(推定3歳)と獣医師の向井さん(40歳)=2001年9月25日、福山市立動物園提供

来園から6か月が過ぎ動物園での生活に慣れきた頃のふくちゃん(推定3歳)と獣医師の向井さん(40歳)=2001年9月25日、福山市立動物園提供

タイ人のゾウ使いが訓練

—ふくちゃんとのコミュニケーションはどうしたのですか。
向井さん 私たちはどう頑張っても近づけませんでした。そこでふくちゃんの訓練のためにタイからゾウ使いがやってきました。そのゾウ使いもふくちゃんをうまくコントロールできず、「一人で訓練はできない」と言いました。そこで、市原ぞうの国(千葉県市原市)からもタイ人のゾウ使いに来てもらいました。
しかし、来園したゾウ使い二人の村の出身地が違うということで、一緒に仕事ができないというトラブルが発生。タイのゾウ村の文化のようです。なんとかお互いの村の長から許可を得て訓練が始まりました。
—ふくちゃんは今、飼育係の方の号令を聞いて移動したり体重を測ったりしていますね。
向井さん ゾウ使いの仕事はさすがでした。訓練期間は1か月で、「来て」「止まってじっとする」の二つを教えて帰りました。これが今の飼育の元ですね。ゾウ使いの訓練は飼育係が引き継ぎ、ふくちゃんとの信頼関係を少しずつ築いていきます。この関係が後に命を何度も救うことにつながりました。
来園から1年半が過ぎた頃のふくちゃん(推定4歳)と向井さん(41歳)=2002年9月26日、福山市立動物園提供

来園から1年半が過ぎた頃のふくちゃん(推定4歳)と向井さん(41歳)=2002年9月26日、福山市立動物園提供

足の治療に生きた訓練と信頼

—命を救ったのですか。
向井さん 2007年8月に左前足の指と指の間に麦粒大の膿瘍(化膿)が見つかり、展示を3か月間に渡って中止した時期がありました。体の大きなゾウを支える足の病気は深刻な問題なのです。X線撮影で病状を確かめると、膿瘍は足の裏の深い所へと進行していました。ナイフで壊死した組織を切り取る手術を実施し、足の裏の欠損部分は直径6センチにも及びました。
足の膿瘍を調べるためのふくちゃん(推定9歳)のレントゲン撮影=2007年7月、福山市立動物園提供

足の膿瘍を調べるためのふくちゃん(推定9歳)のレントゲン撮影=2007年7月、福山市立動物園提供

—無事に治ったのですか。
向井さん 手術から77日間に渡り、朝と夕方30分ずつ患肢(処置した足の部分)を薬浴させました。薬も投与して、80日後には完全に治りました。日本で足裏の膿瘍を手術して治した例は初めてでした。
海外の文献を参考に、足の負担を軽減するためのゾウ用ブーツも作りました。マスコミでは話題になりましたが、正直、これは使い物になりませんでしたね。
—ゾウの足の膿瘍の手術は日本初の成功だったのですか。
向井さん 病気は手術や薬の投与が効いて治ったのですが、まずふくちゃんが足の治療を受け入れてくれたことが大きかったです。ゾウをじっとさせることは難しく、こうした治療は人も危険ですから。
—なるほど。そこで、信頼関係が生きた。
向井さん 私たちは膿瘍が見つかる前の2003年から足の治療のための訓練をしてきました。飼育係の日常の訓練に加えて、ナイフやヤスリを使った定期的な足の手入れもしました。うまくできたら、普段食べられない黒砂糖や、からつきのピーナッツなどを与えます。訓練ははじめ数分しかできなかったのですが、病気がわかっときには1時間以上積極的に訓練できるようになっていました。
ふくちゃんは推定9歳にもなると向井さん(47歳)の身長よりはるかに大きく成長した=2007年12月、福山市立動物園提供

ふくちゃんは推定9歳にもなると向井さん(47歳)の身長よりはるかに大きく成長した=2007年12月、福山市立動物園提供

先代のゾウ「トミ子」の死を胸に

—なぜゾウの足のケアに力を入れてきたのですか。
向井さん 実は、先代のめすゾウ「トミ子」を足裏の膿瘍で失いました。足をひきずり始めてから、わずか2か月で死亡しました。私が前の職場から転職して2年足らずのできごとでした。何もできずにゾウが死にゆくさまを見るのは、獣医師にとっては屈辱でしかありません。それからゾウの医療について猛勉強を始め、病気でふくちゃんを「絶対に死なせない」と誓いました。ゾウが足の膿瘍で死亡する例は世界でも多数報告されていて、足のケアは重要だと考えました。
福山市立動物園には動物たちの健康を支える3人の獣医師がいる。左から菅里美さん、向井康彦さん、石川智史さん。ふくちゃんの治療に常に結束して取り組んでいる。写真のふくちゃんは推定16歳、向井さんは53歳=2014年、福山市立動物園提供

福山市立動物園には動物たちの健康を支える3人の獣医師がいる。左から菅里美さん、向井康彦さん、石川智史さん。ふくちゃんの治療に常に結束して取り組んでいる。写真のふくちゃんは推定16歳、向井さんは53歳=2014年、福山市立動物園提供

飼育係と獣医師が寄り添い、健やかに成長していくふくちゃんですが、2016年に動物園の誰もが驚くことが起きます。ふくちゃんの結核の発病です。(第3回「重症の結核から奇跡の回復へ」に続きます)

広島・福山市立動物園

1978年に福山市が私立動物園を引き継ぎ開園した動物園です。緑の木々など四季折々の自然環境に恵まれた丘陵に位置しています。 大きな動物園ではありませんが、動物との距離が近く、動物の息遣い、匂い、表情等が間近で感じ取れる動物園として多くのお客様に親しまれています。

所在地: 〒720-1264 広島県福山市芦田町福田276−1
電話: 084-958-3200
FAX: 084-958-3022
ホームページ: http://www.fukuyamazoo.jp/

広島・福山市立動物園

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ハピズーでは、福山市立動物園とふくちゃんの結核の闘病を支えるためのクラウドファンディングを2018年9月〜11月に実施。結核の検査キット、暮らしを豊かにするエンリッチメントアイテム、機械式ミストの設置などが目的です。

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